ヴァガメンチとドミンゴに
 似ているアルバム(Aug.2003)
 

 “ワンダ・サーのヴァガメンチが好きなんですが、あれに似ているようなアルバムって他にありますか?”あるいは、“ガルとカエターノのドミンゴに今はまっているんですが、ああいうタイプのアルバムって他にありますか?”といった質問を、今まで何千回と受けてきました。同業者の方も、“そうそう、その質問、難しいんだよな”と、うなずいているのではないでしょうか。私も、その質問があまりにも多すぎて、いつか完璧な答えを用意したいと、長年の宿題のような状態になっています。私の周りにいるボサノヴァの先生達に、同じ質問をすると“そんなのない、ヴァガメンチはヴァガメンチだから、ドミンゴはドミンゴだから、ボサノヴァ史に光り輝くのであって、似ているものなんて存在しない。”と、強く断言する人もいれば、似たようなテイストのアルバムを丁寧に一枚一枚、あげてくれる人もいました。広告代理店の社長をしながら、ジャズ・ボッサのレア盤のコレクターでもある友人は、この質問を聞いて、“ええ、最近はその2枚なの?みんな暗いなあ”と笑ってました。そう、この2枚って暗いんですよね。

 “そんなアルバムない”って言ってしまうのは簡単だし、言ってしまいたい気持ちはあるのですが、それではレコード店員として失格のような気がするので、あの2枚とはもちろんちょっと違うけど、と断ってから、考えてみました。

 まず、ヴァガメンチ('64)です。みなさん、このアルバムは色んな解釈があると思います。例えば、ボサノヴァ・ムーブメントを支えた若者文化の集大成とか、アパートのサロン文化とベッコ・ダス・ガハーファスのワイルドサイドとの出会い、といった感じです。でも、私はこうこのアルバムの魅力をこう解釈しています。ちょっとハスキーな独特の声で、歌が上手くて、もちろんルックスもキュートな僕らのすぐそばにいるアイドル的な女の子ワンダが、歌手デビューすることになったから、僕達若者世代の音楽で、演奏で、アレンジで、彼女を応援しようと、デオダートやメネスカル、ルイス・カルロス・ヴィーニャスやテノーリオJr.といった、すでに当時、若者達の間では有名になり始めた才能あるミュージシャン達が集まってつくった、ちょっと切ない青春の1ページ・アルバム、という風に私はとらえています。なるほど、そういうアルバムって世界にたくさんありますよね。みなさんの頭の中にも“あのアルバム!”とか自分が昔やっていたバンドのこととか色々思い浮かんでいるのではないでしょうか。で、この路線で考えていくと、“ヴァガメンチに似ているアルバム”いくつかあります。

 まず、一番始めに出てくるのがクラウデッチ・ソアレスのセカンド('65)です。元々、クラウデッチはカリオカなのですが、この時期はサンパウロで活動しています。この65年のアルバムは、前年に発表されたワンダのヴァガメンチに触発されて、サンパウロからの返答として制作されたのかな、と思ってしまうほど、2枚のアルバムの基本コンセプトが似ています。こちらも、かわいいクラウデッチのアイドルのようなジャケで、演奏もマンフレッド・フェスト、ジョンゴ・トリオ、ペドリーニョ・マッタールという、当時のサンパウロで一番かっこよかった若者達です。サウンドの印象も選曲コンセプトも似ています。ボサレコ事典の若林さんによると“すべてのボサノヴァ女性歌手のアルバムの中で3本の指に数える人も多い大名盤だ”とあります。他の2枚を教えて欲しいところです。

 その次に思いつくのはアナ・ルシアのカンタ・トリスチ('64)です。このジャケはもちろん、有名ですよね。彼女のちょっと子猫ちゃんを思わせる不思議な顔が白をバックに絶妙な位置にぼんやりとあります。裏ジャケのアップも不思議で綺麗です。このアルバムは、バックがオスカル・カストロ・ネヴィスとジンボ・トリオです。どちらも、当時のブラジルを代表する若手演奏家達です。アナ・ルシア自身の持ち味でもあるし、オスカルのクラシック的なアレンジのせいでもあるのでしょうが、ヴァガメンチとの違いは、こちらが上品と言うことです。個人的には、こちらの方が好みではありますが...

 他にも一枚、思いつきました。リジア('63)も同じコンセプトのアルバムです。ボサレコ事典の板橋さんによると“サンパウロ上流社交界のご令嬢”ということも納得のジャケの彼女のたたずまいが、モデルか女優のような美しさです。こちらもバックは、ジンボ・トリオにマンフレッド・フェストです。ガヤがオーケストラをやっている曲もあって、それは、ヴァガメンチのコンセプト(未来が明るい若手演奏家)と多少違いますが、パウリーニョ・ノゲイラがライナーを書いているので許してください。

 舌ったらずな声でキュートなルックスのボサノヴァ歌手と言えば、忘れてはならないのがアストラッド・ジルベルトですよね。このサイトを真剣にチェックしている人はアストラッドなんて、って気持ちで、実は彼女のアルバムをちゃんと聞いたことないなんて人が多いのではと想像します。しかし、忘れてはならない彼女のファースト、ザ(ジ?)・アストラッド・ジルベルト・アルバム('65)はヴァガメンチに似ているし、ヴァガメンチよりもっと良いアルバムなんですよね。バックが、ジョビンのギターとジョアン・ドナートのピアノです。彼らは若手演奏家じゃない、と言われそうですが、イチローが大リーグでは新人であるように、ジョビンもドナートもアメリカ・ポップ・ミュージック界では、まだ期待される新人のはずです(ちょっと無理がありますね...)。アストラッドはどのアルバムが一番かと、みなさん色々意見はあると思いますが、やっぱりこのアルバムの完成度はすごいですよね。個人的には、お店で毎日聞いているのですが、全く飽きません。

 次はドミンゴ('67)です。このアルバムもみなさん、色んな解釈がありそうですよね。例えば、軍事独裁政権真っ只中で、抑圧されたギリギリの熱いけどクールな表現、とか、トロピカリア運動と、投獄、亡命、の嵐の前の静けさといったところでしょうか。うーん、でも、私は基本的に政治と音楽は別のものだと考えているので、ドミンゴは、こう解釈しています。ジョアン・ジルベルトが好きで好きで、とにかく彼の音楽が好きだから音楽始めちゃいました、というアルバム、だと思っているのですが、どうでしょうか。私は、ドミンゴを聞けば聞くほど、その解釈を確信します。さて、そのパターンで行くと、いくつか思いつけそうですよね。
 まず、最初にすぐ思い浮かぶのがシコ・ブアルキのVol.3('68)です。シコだったら、RGE3部作は全部良いし、その次のNo.4も傑作じゃない、どうしてVol.3なの、と言われそうですね。でも、でも、やっぱりVol.3なんですよね。やっぱり、このアルバムが一番、ドミンゴ的だと思うわけです。あの音の感触と言えば良いのでしょうか。ジョアン・ジルベルトの影と言えば良いのでしょうか...

 その次に思いつくアルバムは、ヴェラ・ブラジル('64)です。サンパウロの作曲もする女性シンガーなのですが、ジョアンへの思いはたっぷりだし、かなりドミンゴです。でも、このアルバムをあげるのは違反ですよね。ブラジル・オリジナル盤のファロッピーリャ盤は、まずほとんど入手不可能なくらい、見かけないレコードだし、アメリカ盤も、昔はよく見かけて、普通の金額で売ってたのに、最近は本当に見かけません。ああ、あのアメリカ盤、\5000くらいだったから、買っとけば良かった、と、実際私も後悔しています。というわけで、これは、説明しません。CD化を待ちます。ヴィヴィッドの宮木さん(セレステをやっている女性)がファロッピーリャはCD化を計画中の人がいると言ってたことだし...でも、聴きたいという人いますよね。近場で、こんな貴重なレコードを簡単に貸してくれそうな人を考えてみると、伊藤ゴローさんですね。ライブ会場で声をかけて、借りてみてください。実際、私も10年前にゴローさんに借りたし、鈴木惣一郎さんもゴローさんに借りたそうです。

 3枚目です。これは、ちょっと違うよ、と言われれば、それまでなのですが、私はドミンゴの兄弟アルバムは、ジルベルト・ジルのファースト、ロウヴァサォン('67)だと常々思っています。ちょうど、ゲッツ/ジルベルトとポール・ウインター&カルロス・リラやエリス&トムとミウーシャ&A・C・ジョビンを聴き比べてみると楽しいように、ドミンゴとロウヴァサォンは並べて聴いてみると、'67年のバイーアの空気が伝わってきて、ジョアンへの思いもあふれてきて、青春の空気もいっぱいで、ちょっと涙なしでは聞けません。

 あと、レコード店の店頭でいて、よくある質問がこれだと思うのですが、“ドミンゴを買って良かったのですが、カエターノのアルバムで他にドミンゴっぽいのってありますか?”というやつです。ないです、って言っちゃだめなんですよね。ええと、そういう時は、もちろん、普通はノンサッチ盤の'86年のアルバムをオススメするようです。あの灰色ジャケで、カエターノがギター抱えているやつです。これは基本的にカエターノのソロ弾き語りアルバムなのですが、かなりドミンゴですよね。でも、個人的には、ジョイア('75)が一番ドミンゴに似ている、と言ってます。似てませんか?ジョイアとドミンゴ。

 この2枚が熱狂的に支持される理由をいつも考えるのですが、うーん、やっぱりこの音の空気感なんでしょうね。で、全然違うけど、でも、この2枚と音の空気感が似ているというアルバムを考えてみました。

 一枚目はやっぱりエドゥ&トム('81)です。全然、みんなが話題にしないから意地になって言っているだけなんですけど、でも、やっぱりこのアルバムは美しいし、ヴァガメンチとドミンゴの空気感はありつつ、あの2枚よりも飽きないと思うんですが、そんなことはないですか?そうですか、すいません。

 その次に思うのはパウロ・ベリナッチとモニカ・サルマーゾのアフロ・サンバ('96)です。もちろん、この二人はエドゥアルド・グジン・ファミリーの人です。パウロ・ベリナッチはブラジルで3本指に入るギターの上手い人(ということは世界で3本指)です。モニカ・サルマーゾは、最近のソロアルバムもサウンドの完成度が高く、例えば日本のファッション雑誌でもっと紹介されても良いのでは、と思ってしまうような、素敵なルックスと声と表現力のある女性歌手です。このアルバムはタイトルの通り、バーデンとヴィニシウスのあのアフロサンバ曲を二人が現代解釈しているのですが、これがもう、バーデン、ヴィニシウスのヴァージョンより良いです。これも、ある意味、とてもヴァガメンチでドミンゴに似ているアルバムです。でも、意外と、このアルバムが今回あげたタイトルで一番入手困難なアルバムかも知れませんね。

 ここまで書いてきて、やっぱり思うのは、音楽を聴くという行為は、とても個人的な行為なので、ボッサ・レコードの言うことって全然違うよ、と怒っちゃっている人もいるはずだし、ああ、この人と聴き方同じだなあ、と思ってくれている人もいるはずですよね。難しいです。やっぱりこの問題、しばらく宿題にします。


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