カルロス・アギーレと話したこと(Nov.2010)

 
 カルロス・アギーレさんと少しだけ話をすることが出来ました。
 
 質問した内容はずっと気になっていた「あなたの音楽にミナスの影響はあるのか?」でした。するとアギーレさんは「ミルトン・ナシメントとかトニーニョ・オルタとか好きだし、音楽的にミナスとパラグアイとウルグアイとアルゼンチンは繋がっているんだ」と答えてくれました。
 
 そこで私は「やっぱり」と思い、「あなたの音楽はミナス音楽にすごく似ているなと思っていたんです。そして日本のあなたの音楽ファンはブラジル音楽のファンが多いんです。ほんと、ヴィオレタなんてすごくミナスに似ていますよね」と一方的に語ってしまいました。
 
 するとアギーレさんはちょっと困った顔をし、「うーん…」と言葉を探し始めました。
 
 そこで私は「もちろんあなたがアルゼンチン音楽をいつも演奏しているのはしっています。でも、ミナス音楽に似ているのがすごく面白いんです」と付け加えました。
 
 するとやはりアギーレさんは何か言葉を探しています。そして会話はそこで終わってしまいました。
 
 後で考えてみると、アギーレさんの「うーん…」の理由がよくわかります。

 例えば日本人のダンサーがいるとします。彼は日本の古い舞踏を調べたり学んだりして独自の日本のダンス・スタイルを作り、NYでそれを披露したとします。そこでアメリカ人達が近寄ってきて「あなたのダンスは中国のダンスに似ていますね。アメリカであなたのダンスを好きな人は中国のダンス好きの人が多いんですよ」と言われたとしたら「うーん…」となりますよね。

 「そうか、だからアギーレさんはとまどっていたんだ」と反省しつつも、「いや、私が伝えたかったことはそういうことじゃないんですよ」ともう一度、この件についてアギーレさんと話がしたいです。

 なぜ、カルロス・アギーレの音楽がミナスっぽいのが私には興味深いのか?

 今は情報はいくらでも手に入る今の世界だから、どこに住んでいようとどんな時代の音楽でも、どんな辺境の音楽でも入手可能だと思うんです。

 だからカルロス・アギーレはアフリカ音楽を自分の音楽に混ぜることも出来たし、インド音楽を取り入れることも出来たと思うんです。しかし、それはしませんでした。そしてミナス音楽のエッセンスのようなものは自分の音楽に取り入れることにしました。それは何故でしょうか? やはりカルロス・アギーレの中に「アルゼンチン音楽とミナス音楽の親密さ」のようなものを感じ取っていたからだと思うんです。

 タンゴの初期はショーロみたいな音楽だったという話はご存知ですか? タンゴは全く詳しくないのでここからは勝手な想像なのですが、おそらく20世紀初頭の頃はブラジルもアルゼンチンも同じような音楽文化を共有していたんだと思うんです。「このリズムが入るからこれはブラジル音楽で、このリズムはアルゼンチン音楽」なんて感じで厳密に演奏していたわけではなく、なんとなくお互いに影響を与えたり与えられたりした関係だったのではと想像するんです。

 話は突然変わってしまうのですが、最近、古代日本と朝鮮半島との関係っていうのに夢中になっています。日本の大和政権の成立には相当の朝鮮半島からの渡来人達の助けがありました。というか、古代日本の支配者層は朝鮮半島からの渡来人達だったと考えた方が良さそうな感じなんです。

 そんな古代の日本と朝鮮の歴史を読んでいると、「古代東北アジアには国境なんてものはなくて、自由に行き来していたんだろうな、お互いに色んなものを与えたり与えられたりしていたんだろうな」ということが自然とわかってくるのです。

 例えば江戸時代、一生外国人と一言も話さないで死んだ日本人がほとんどだったと思うんです。そして古代日本、もちろん一生外国人と一言も話さないで死ぬ人もたくさんいたとは思うのですが、かなりの多くの日本人(もちろん何をもって日本人というのか疑問ですが)達が「自分達とは違う言葉や習慣を持った外国人」と日常的に触れあうことが多かったと思うんです。

 そして今、一生外国人と話さずに死ぬ日本人は限りなく少なくなっていると思うんです。そう、色んな意味で今は古代日本と朝鮮のように国境が意味をなくしはじめているんだと思うんです。

 さて、カルロス・アギーレの話に戻ります。カルロス・アギーレはもちろんアルゼンチンのフォルクローレを研究したりする人だから、すごく意識的に「アルゼンチン音楽とは」と考えながら演奏しているんだと思うんです。そんな時、カルロス・アギーレにとってミナス・ジェライスの音楽は「感覚的にかなり地続きな音楽」なのではないでしょうか。

 私たちにとっては「カルロス・アギーレの音楽にはミナスの音楽の影響がある」と聞こえますが、アギーレ本人にとっては「アルゼンチンの音楽に共通する感覚があるからミナスの音楽が好きだ。それはもしかして歴史的、あるいは地理的な感覚なのかもしれない。でも私は自分の音楽にミナス的感覚が入っているのは当然のように感じる」と思っているのかも知れません。

 まあ本当のところはアギーレさんにもう一度聞かなくてはわからないのですが。でも本当のことっていったいなんだろうとも思うのですが…

 それはそうとして、自分と違う文化に触れて、それに感動し、その後の自分の人生や世界の見方が変化するって素晴らしいことですよね。もちろん自分の足下の文化にこだわるのも大切ですが、何かに出会ってドンドン変わっていく世界、色んなことが混じりあう世界、お互いの違いを尊重しあう世界、それって素敵ですよね、と今度カルロス・アギーレさんに会ったら話してみたいと思います。まあすごく難しいとは思いますが…

 

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