人間失格レポート(Mar.2010)

 
 映画「人間失格」に行ってきました。渋谷の映画館で13:20からという理由からか、年輩のインテリ風の人と、若い女性達だけでした。前者は荒戸ファンで後者はジャニーズ・ファンでしょうか。
 実は映画の方はあまり期待しないで行きました。あの「人間失格」を映像化すること自体が不可能なのではと思ったからです。そういう観点から観ると小説人間失格とはまた別物の内容になっていました。大体、中原中也がメインの登場人物になっている時点でまあ別物なので、私は結構楽しんで観れました。
 映画が終わった後にすぐに妻が「これって監督が生田斗真に惚れて、彼をメインにした映画を撮ろうと思って作った映画なのかなあ」と言ったのですが、なるほど、そういう印象の映画でした。私は鑑賞中ずっと生田斗真に惚れる劇中の女性達の気持ちがすごく理解できました。それはある意味、映画としてとても成功しているのではないでしょうか。だってフランス映画とかで「え、なんでこんなダメダメ男にこんな良い女が惚れちゃうの?」なんて思って映画に入っていけないときってありますよね。

 さて、私は今回この映画、サントラが先→映画が後という順番で体験しました。だから映画を観ていると全部が知っている曲なので「あ、あの曲がこういう風にはまるんだ」という珍しい体験をしたわけです。
 で、あらかじめサントラの方には曲にタイトルがついているので「モルヒネ」とか「入水のテーマ」とかはどういうシーンにこの曲が使われるのか予想がついていたわけです。しかし例えば「馬車に乗って」というとても華やかで可愛らしい短い曲があるのですが、これに映像がぴたっとはまったときは、「あ、やっぱり中島ノブユキって天才かも」と思いました。荒戸監督とどういうやり取りがあってこのシーンになったのかは想像するしかないのですが、もし自分が器用で才能がある作曲家だったとしても、こういう曲は書けないかもと思いました(当然ですね、すいません)。うーん、でもこれはサントラを細かく聴いていて、映画も丁寧に観ないと気づかないことかもしれないです。逆に言うと映画と音楽自体はそれだけ自然な流れなんでしょうね。
 中島ノブユキの音楽を聴いた人のほとんどが「中島ノブユキの音楽は映像的だ」と言いますよね。今回それが証明されたなあと感慨深く思っております。これから中島ノブユキの映画音楽仕事が増えそうな予感ですね。

 そうそう、サントラだけを聴いてもやっぱり中島ノブユキ節全開で良いアルバムですよ。「ええ! 中島ノブユキってこんな曲も書くんだ」と驚くような曲もたくさんあって、中島ノブユキ死後には「異色アルバム」として評価されそうです。ちなみに「これはバカラックでしょ」とか「これはマーティン・デニーでしょ」なんて曲もあって、音楽マニアには「ニヤリ」とさせる瞬間もあります。あと、中島ノブユキと言えば、「クラシックの名曲を素晴らしい解釈で聴かせる」という技が有名ですが、このアルバムでもラヴェルのピアノ協奏曲を鈴木大介のギターでやるというすごいことになっているヴァージョンがあって、これまた「もっともっとこういうの聴きたい」という感じです。ちなみにこの「人間失格」のサントラはジョアン・ジルベルトの「ライブ・イン・トーキョー」を手がけた斉藤さんが担当しています。これも何かの縁なのでボサノヴァ・ファンも「人間失格」のサントラよろしくです。

 

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