お店のBGM(Dec.2006)

 
私がまだ幼かった頃、夕方になると母が「今日の晩ご飯のおかず何が良い?」とよく質問した。

 その質問に対して「何でもいい」と答えると、母は決まってこう返してきた。「しんじ、『何でもいい』は相談のクズよ」。今、考えてみると母としては例えば「何か温かいもの」とか「お肉」とか何でも良いからちょっとしたアイディア的な提案がほしかっただけ、というのは理解できるのだが、この母の「『何でもいい』は相談のクズ」という言葉は私の心の奥深いところに刻み込まれることになった。

 そして私は「何でもいい」という態度だけは決して許される行為じゃない、自分に選択権があるときは何かをちゃんと選び取らなければいけない、という人生の哲学のようなものを手に入れた。


 さて話はおもいっきり飛んでしまうかもしれないのだが、「お店のBGM」というものがある。例えば娘の洋服の買い物について行って、パルコとかラフォーレとかに行く。すると、お店によってもちろんBGMが違う。R&Bのお店、スカのお店、パンクのお店、テクノのお店、そのお店の洋服の傾向や店員、お客なんかを眺めて、もう一度音楽を耳にすると「なるほどなあ」なんて感じの上手いBGMが多い。

 飲食店に入って、ボサノヴァやジャズのBGMを聞かされることもよくある。有線のボサノヴァ・チャンネルだったりすると、「ああ手元にあのCDとあのCDを置いてそこから選曲しているなあ」なんてついつい想像してしまう時もある。でも、まわりでお茶を飲んだりご飯を食べたりしている他のお客さんは「今どんな音楽がかかっている」なんて全く気にしていないし、そんなBGMなんて耳障りじゃなければどうでも良いんだろうなあ、なんて思う。

 たぶん多くのお店にとって「何がかかっているかなんて気にならない音楽、でも雰囲気だけは伝わる音楽」というのが理想的なBGMなんだとは思う。「そんなに音楽と向き合いたければ、家に帰ってステレオ装置の前で聴けよ」ということなんだろう。

 そういう消費のされ方の音楽ってある意味、とても正しく健康的だ。音楽が全部芸術で、音楽家と聴き手の魂のやり取りである必要なんてない。

 でもやっぱり始めの母の言葉に帰って考え直したくなる。「雰囲気が良ければ何でも良いのだろうか?」。

 たまに、本当にたまに、すごく良い選曲のお店に出会うことがある。そういうお店は「スタッフが好きな音楽を選んでいる」のではなくて、恐らく大きな資本金があって外部の選曲家にお店をイメージした音楽を選曲して貰っているんだろうな、と思うことが多い。娘と一緒に行く洋服屋さんなんかも、そういう外部の選曲家に依頼しているのかもしれない。


 BAR BOSSAを始める前からずっとお世話になっている先輩のお店、2軒のBGMの選曲を頼まれた。
 1軒はビストロ・デ・ザール※というエビスのビストロで、昔バーテンダー修行をしていた時の先輩が経営している。このお店の選曲は「ナイフで切ったお肉から血が流れてきて、そこに美味しいソースがかかっていて、それを濃い目の南仏の赤ワインで流し込むような選曲」を心がけた。出来るだけ、セクシーでザワザワした印象の曲を選んでみた。
 もう一軒は吉祥寺のワンダー・ブルー※※という古着屋さんで、昔レコファンで働いていた時の先輩が経営している。そのお店はいわゆるボサノヴァがかかっていそうな、今時のクウネルな感じのお店なのだが、意識的に可能な限り「とんがっている音楽」を選曲することを心がけた。もし自分があのお店に入ってそんな音楽がかかっていると気になって気になってしょうがないだろうな、という選曲にしたかったからだ。

 自分なりに「何でもいい」からは一番遠いところの選曲をしたつもりだけど、どうなんだろう。


※BISTROT des ARTS ビストロ・デ・ザール 渋谷区恵比寿4-9-5 Tel.03-3447-0408
※※WONDER BLUE ワンダー・ブルー 武蔵野市吉祥寺2-21-8 TEL.0422-47-6369

 

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