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    中島ノブユキの
    ファースト・アルバム
    (Sep.2006)
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「もしビル・エヴァンスが、今の時代に20代の現役の音楽家として活動していたら、たぶん彼はジャズ・ピアノなんか選ばずに、テクノやミニマル・ミュージックのような種類の音楽を演奏していると思う」というような意味のことを、昔、伊藤ゴローさんが言ってたことがある。
なるほど、ビル・エヴァンスは、あの時代にあの場所でいたからこそ、ジャズを、ピアノを選んだのだけれど、それがもし今の時代であれば彼は違う種類の音楽を演奏しているように私も感じる。
例えばマイルス・デイヴィスならどうだろう。やっぱりヒップ・ホップを選んでいるのだろうか。それとも音楽以外の方法を彼なら選んでいるのかもしれない。
ジョアン・ジルベルトも想像してみる。なぜだかジョアンに関しては今の姿しか想像できない。それでも頑張って想像してみる。うーん、ギターは持っていないかもしれないが、マイクの前で歌ってはいるような気がする。
ちょっと飛んでみてバッハも考えてみる。やっぱり現代でも彼は作曲家なのだろうか。彼は器用に色んなことがこなせるような気がする。意外とクインシー・ジョーンズのようにジャズ畑から出てきて、今は色んなヒット曲を連発するプロデューサーになっているような感じもする。
そんな風にして中島ノブユキも考えてみる。
ご存知のように彼は天才的な作曲家であり、天才的な編曲家だ。
だから彼はどんな時代、どんな場所に生まれても一流の音楽家になったはずだ。
例えば、19世紀後半のウィーンで音楽活動をしていれば、中島ノブユキはブラームスのような作曲家になっていたであろうし、20世紀初頭のフランスでピアノに向かっていればラヴェルのような作曲家になっていたはずだ。 あるいは1950年代のブラジルで音楽を浴びていたなら、アントニオ・カルロス・ジョビンのような作曲家になっていただろうし、1960年代にアメリカで楽譜を見つめていたならクラウス・オガーマンのような編曲家になっていただろう。
しかし音楽の神様は中島ノブユキを21世紀の東京で音楽を演奏させることを選んだ。
「21世紀の東京で音楽を演奏するということ」。
大変なテーマだ。もし自分が音楽家ならこんな場所、時代は選びたくない。21世紀の東京には全世界全時代の全ての音楽があり、そして何もない。 こんな時代、こんな場所では、何を演奏しても空っぽだし、何かを生み出せたとしてもすぐに消費されて「時代遅れ」になってしまう。 しかし、中島ノブユキはこんな時代にピアノに向かう。
彼のファースト・ソロ・アルバム「エテ・パルマ」は多くの音楽愛好家が指摘するように「ようこそ、僕の音楽世界旅行へ」がメイン・テーマだ。
彼の「音楽世界旅行」は多くの音楽家が今まで試みてきたような「80日間世界一周旅行スタイル」のようなチープなものでもない。あるいは、本当に現地に旅し、現地のミュージシャンとの交流から生まれたような、「現地正規直輸入型音楽」でもない。
彼はピアノの前に座り、世界地図を拡げ、たくさんの古いアナログ・レコードを取り出してきて、独特のやわらかい喋り方で私達に旅の仕方を説明する。 「世界旅行なんて簡単なんだよ。パスポートや重いスーツケースなんて必要ないから。例えば、僕にとってパルマってこんな印象なんだよね。もちろんパルマになんて行ったことないよ。でも、僕の心の中ではパルマへの旅ってこんな音楽なんだ。例えばブラジルはこんな感じ。アフリカはこう。ね、簡単でしょ。だって音楽ってそういう気持ちを伝える芸術なんだから」
そんな中島ノブユキの印象的なエピソードがある。BAR BOSSAで、ジョビンのピアノの小品「テーマ・パラ・アナ」をかけていたら彼が突然、「ええ!これ誰?」と叫んだ。 「ジョビンが生前にスケッチ的な意味合いで残した録音テープに残された曲なんです」、ということを伝えると、「林さん、もう一回聴かせて」と頼まれた。 中島ノブユキはその短い曲を聴きながら、何度も何度も「ええ!そう来るか、ええ!そうなんだー」と感嘆の声をあげ続けた。そして最後のコードを聴いて、「ああー、そう終っちゃうんだー」と言って、隣に座っている彼の友人のピアニストに「僕にとってボサノヴァっていうのは、このコードの終り方なんだよね」と言った。
ボサノヴァを語る時、人は例えばリズムについて語る。ジョアンとジョビンのドラマについて語る。あるいは、ブラジルという国、歴史、ブラジル人という民族、サンバやショーロの話、そしてその1950年代という時代特有の雰囲気についても語る。
しかし、中島ノブユキにとって「ボサノヴァとはコードの終り方」なんだ。
彼にとって世界旅行は、彼の頭の中で完結していて、全てコードに置き換えることが可能なんだ。
なんて「21世紀の東京的」なんだろう。
みなさんも是非、聴いてみて下さい。
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