ルイス・エサの再会(Jan.2004)

 
 最近の録音のものではどんなのを聴きますか? という質問って、よくあります。 正直な話、私は新しい録音のものはあまり聴きません。 と言うのは、毎日8時間、音楽を聞いている場所が カップル中心のワインバーなんですね。で、やっぱり 恋人達が盛り上がるボサノヴァって、どうしても アストラッドのような甘いのが良いので、新しい音 とか、激しいのとかは聞けないんです。バーテンと して見ていると、やっぱり60年代の古い音って ロマンティックな空気が演出できるんですね。 だから、どうしても、新しい音楽ってチェックしなく なりがちなんですよね。

 しかし、そんな私も最近はまっているのが、ルイス・エサ のトリビュート・アルバム、“再会”です。

 実は、これまた正直な話、私、“トリビュート・アルバム” って、基本的に良いアルバムってまずない、といつも 感じています。
1、カヴァーする側のアーティストが元の音楽に対してあまり愛情がない。 本当にトリビュートなの?って感じる事がしばしば...
2、アーティストの選択がレコード会社の事情的なものが見え隠れして 統一感がない。なんでこの人が入ってあの人はいないの?とか
3、演奏するアーティスト側もどうしても自分たちの個性を出そうとして オリジナルの音楽のイメージをぶち壊しにするパターンが多い。
 そんなこんなで、私は、どうしてもトリビュート・アルバムからは いつも距離をおくことにしていました。
 しかし、この“ルイス・エサの再会”だけは、そんな不安を大きく裏切って くれます。

 まず、1の元の音楽への愛情ですが、このアルバムは、もう その愛情だけで成り立っています。参加アーティストが全員、故人と 親交のあった人達だからなのでしょうか、正真正銘のトリビュートに なっています。 そして、2の演奏アーティストの選択ですが、なんとマリオ・アヂネーが プロデュースしています。彼以上の人は、この企画には存在しません。 売れるCDとか、話題になるCDとか、そんな事は一切気にせずに、マリオ・ アヂネーは100%の人選をしています。 さらに、心配なのが3のオリジナルのルイス・エサの音楽がすでに 完璧なのに、それを一体どうやって現代のアーティスト達が、再演奏 するのか、という問題もクリヤーしています。マリオ・アヂネーは どのテイクにも必ずストリングスを入れるという条件を付けたようです。 (あ、一曲だけ例外はありますが...)その条件が幸いしてか、アルバムを 通して、静かな緊張感がずっと支配していて、当然のことながら、 変な電子音やラップとかで、ルイス・エッサの音楽をぶち壊しにされる という最悪な事態はまぬがれています。そして、演奏家達も、ルイス・ エサ先生が天国で見ているかもしれない、という緊張感があったので しょう、先生が教えてくれた通り、美しい音楽は変な細工なんか要らない、 という姿勢で挑んでくれています。

 ちなみに、これ、私はディア・ハート盤で持っています。 日本盤って、嫌う方が時々いますが、これ、ポル語が完璧じゃない人は、 是非、ディア・ハート盤をオススメします。 というのは、参加アーティスト達が“ルイス・エサに捧ぐ”という タイトルでコメントを寄せていて、どれもが泣けます。全部ここで 紹介したいくらいなのですが、もちろん無理なので、少しだけ抜粋させて 下さい。

ジャキス・モレレンバウム
 ともすれば荒みがちなこの音楽業界の中で、ルイスは見事なお手本だった。 音楽性というものが、誠実さや愛の表現手段ともなりうる事を示してくれたのだ。 寛大なルイスは彼の持っている全てを、若いミュージシャン達に惜しみなく与えて くれた。

エドゥ・ロボ
 “ルイス・エッサ・イ・コルヂス”の録音に立ち会ったとき、初めて音楽を正式に 勉強したいと思った。その頃の少年達にとってはエルビスがアイドルだったが、 私はルイス・エサになりたかった。

イヴァン・リンス
 彼がいたからこそ、今の私がある。 ルイスがピアノを弾くのを見た日、私はミュージシャンになろうと決心した。 あるフェスティヴァルの舞台裏で初めて彼と個人的に知り合えた。 握手をしてもらい、私は感激のあまりトイレで泣いてしまった。

 他にもドナートやシヴーカ、トニーニョ・オルタやセリア・ヴァイス、そして 実の息子のイゴール・エサのコメントも、本当に良いです。これを読むためだけ に買っても損しません。

 もちろん、もちろん、何度も繰り返したいのですが、アルバムも最高です。 これまた全部は書けないので、一部だけの紹介ですが、まず一番に気になるのが もちろん、ジルソン・ペランツェッタの“メランコリア”。ルイス・エサが55年に 録音した10インチ・アルバム“プラザの夜”で演奏している名曲です。 最近ではセウ・ダ・ボカがスキャットで美しく決めてくれているあの曲です。 さて、あの名曲がジルソンの手にかかるとどうなるか。誰が聞いても一発でわかるソプラノ ・サックスとストリングスで始まるジルソン節。そして、テーマが本当にメランコリック にジルソンのピアノで演奏されます。これは泣けます。 ルイス・エサの代表曲“イマージェン”は、セリア・ヴァイスのアレンジです。 コーラスがなんとオリヴィア・ハイミ、ジョイス、ワンダ・サー、セリアと 豪華すぎるのに、これが控えめ控えめのコーラスで、世界クラスのアーティスト をとても贅沢に使っていて、セリア、大成功です。 心配なのが、ジャキス・モレレンバウムとジョアン・ドナートの共演です。 この二人の共演って不安じゃないですか。もし、私がプロデューサーならこの二人には 共演させません。冒険過ぎですよね。しかし、しかし、これが大成功なんです。 ジャキスのアレンジはジョビン後期から続く、あの女性コーラスもののいつものパターン で、ドナートも決して控え目ではなくいつものように楽しくガンガン弾いています。 でも、しっくり溶け込んでいるんですよね。これもルイス・エサ・マジックでしょうか。 もうひとつ、意外な共演があります。トニーニョ・オルタとシヴーカです。この二人って 今まで共演した録音ってありましたっけ。間にジョイスをはさんで近いような気はする のですが、決して遠い関係のような気はしないのですが、録音ってないですよね。 で、この二人、フルアルバムで聞きたくなるほど、とても良いテイクになっています。 ちなみに、ストリングスが入っていないのは、この二人のテイクです。でも、この二人に ストリングスは必要ないです。だって、この二人って、もう存在が和音ですよね。 他にもいっぱい良い録音だらけなのですが、こうやってダラダラ書いても意味ない気が してきたので、この辺でやめますが、ジャズ好き、クラシック好き、もちろんボサ好き の人にも、絶対オススメです。インストなのに、泣けます。夜に一人で聴いて下さい。

 

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