なぜ、ブラジル盤は
 傷んでいるのか(May.2003)


 ブラジル盤を買い始めると、すぐに気になるのが、どうして前の持ち主はこのレコードをこんな状態にしたんだろう、という疑問です。日本に入ってきてるのは、そこまでのはないけど、現地の蚤の市なんか見てると“このレコードは誰かがビーチに持っていって、砂で洗ったに違いない”なんて盤がたくさんあります。レコードなんて聞けたら良いんだからという意見はもっともだし、あまりにも神経質になる日本人の方も異常なのかもしれないのですが、でもブラジル人はひどすぎます。そこで、なぜ、ブラジル盤はあんなに傷んでいるのかを研究してみた結果を報告します。

 やはり、日本人にとって一番理解できない習慣が“サイン”です。買った日付と自分の名前を書くのがどうやらブラジル人の一般的な習慣のようなのです。始めは、人に貸したりしても後で返してもらうために名前を書いているんだろうと理解していました。でも、ある時すべてがわかりました。ブラジルではほとんど毎日のように誰かのうちで小さいパーティが行われます。で、ミュージシャンが友達にいたりすると良いのですが、そんなことって普通ないので、大体みんなが踊れるレコードなんかを持ち寄ります。もちろん、ブラジルではDJなんて気のきいた役柄の人はいないので、ステレオ装置のところにバーンと放り投げておいて、近くにいる気づいた人が、レコードを裏返したりするわけです。もちろん、みんな酔ってるし、ナンパや踊りに夢中なのでレコード盤を元のジャケに戻したりなんかしません。どんどん重なっていきます。で、パーティが終わって帰る時は、みんな恋愛事情が忙しくてレコードのことなんて構ってられません。というか、普通こっそり二人で先に帰っちゃったりします。そう、だからレコードにはジャケにもレーベルにもサインが必要なんです。コレクターの皆さん、レコードにサインがあって結構傷んでビールのシミがあったりすると、“あ、このレコードはブラジル人のパーティで大活躍したんだなあ”と、理解して我慢してください。

 腹立たしいパターンに、レコード店のシール、スタンプというのがあります。ジャケの内側にスタンプがある場合のは、聞いたところによると、日本やヨーロッパのコレクターに“うちのお店に来るとこういうレコードがたくさんあるよ”と宣伝しているのだそうです。大体、住所と電話番号が書いてあります。あと、ジャケ開口部にレコード店のシールがある場合があります。あれは、80年以降の盤に多いのですが、レコードをシールドするという習慣がないブラジルでは、試聴と称して、レコード店で結構ガンガン聞きまくっている盤があるわけです。でも、ブラジル人としても、そんな聞きまくった盤はやっぱり嫌なわけです。かしこいレコード店はその対策法として、レコードの開口部にシールで封をしたわけです。差別化ですね。だから誇らしげにその店の名前が入っているんです。あるお店のシールでは“このレコードを一番はじめに聞くのはあなたです”とクレジットしてあるものも見ました。ですので、このシールを見かけたら、“比較的、神経質なお店で売ってたもので、元の持ち主も、比較的、神経質な持ち主だったんだな”と、理解して我慢してください。

 次は歌詞カードです。これは優秀なことに、捨てられていないパターンが多いです。おそらく、世界で一番、歌詞カードを見ながら一緒に歌うことが多い国民性か、かなり傷んでいたり、好きな詩のところにアンダー・ラインを引いたり、と無茶なことはしていますが、ああ、このレコードは、元の持ち主がずいぶん、愛して歌ったレコードなんだなあと理解して我慢してください。

 プレスミスという盤がブラジルには存在します。日本盤ではまず見ないので、どういうものか現物を見せないとわかってもらえないと思うのですが、音トビの原因になったりと中々悲しい盤です。中原仁さんの話によると、プレスミス盤はいわゆる“歌謡フェスティヴァル”に多いということです。理由は歌謡フェスティヴァルはライブが行われた後、まだ国内で話題の間に急いでプレスしてしまって流通させようとするからだそうです。だから、プレスミス盤を見た時は、“当時ブラジルで話題だったので、プレス工場で急いで作った盤なんだな”と、理解して我慢してください。

 最後はノイズです。ブラジルの中古レコード屋さんを回ったことのある人は、知っているとは思いますが、はっきり言って、ブラジル中古盤で傷のない盤は逆に気持ち悪くなるほど、ありえない存在です。基本的に日本人と違って、“聞くために”レコードを所有するブラジル人は、とにかくレコードをよくかけます。そして、いくら丁寧に聴く人でも、何千回も聴けば、多少チリチリするノイズが出るようになります。このノイズをどう表現しようかいつも悩んでしまうのですが、“気にならない程度”と言っても、こればっかりは、気になる度合いが人によって違うので、難しいところです。若い人で一度クレームがありました。聞いてみると“うーん、これをノイズと言うか...”なんて状態でした。新品のレコードでも“なぜかプチ”くらいはありますよね。やはり若い人はCDに慣れているのでしょうか、考え込んでしまいました。でも、ノイズ表示は難しいところです。たいしたことないノイズなのに書けば書くほど、凄いゴミ盤のような気がしてくるんです。いや、でもブラジル盤だとこのくらいは綺麗な方で...という常套句を言いたくなります。通信販売と言う性格上、ノイズ表示はわかりやすいように、正直に、表現しておりますが、これまた、元の持ち主が何度も何度も気に入って愛聴してたんだなと理解して我慢してください。

 

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